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2022年11月より開講した、Kotowari Winter Fellowhip 2022-2023。隔週のリーディング課題とセミナーを終えたフェローの振り返りをご紹介しています。今回は、Week2:”Being & World”の振り返りを、フェローの「ななみん」よりお届けします。

「慢心ない自信とは何か」

 

 まるで本当の自分を囲む分厚い、何十にも重なった皮を一枚ずつ剥がし、内なる自分に近づいていくかのように。私は旅を通して、内なる自分と向き合ってきたと思う。だが、最近何か行き詰まる感覚があった。そんな感覚の中、Davids Brooks著である”second mountain” を読み、胸を刺されるような数々の主張に出遭った。それに加え、クリシュナムルティ著の”考えてごらん”を読み、深く感じることを通して、心の中にある絡みを解いてくれるような重要なヒントに出会えた気がする。

 まず第一に、社会の常識や引き継がれる信念と定義できるモラルエコロジーと内なる自分が混同しているということに気がつくことができた。その気づきによって、自分がやりたいことは本当に自分がやりたいことなのか。つまり、モラルエコロジー、社会が提供してくれる限定された枠組みのなかで、やりたいことを探している自分がいるのではないかということに疑いをかけたくなった。これは本当の自分というよりも、モラルエコロジーの餌食になっているのではないかという疑問が頭に浮かんだ。

 そこで、現代のモラルエコロジーとして、個人的な達成や成功というところに目を向けてみる。そうすると、一定数の人々は、”人間性”よりも、スキルの集合体として、また、プロフェッショナルとしてこの人自身は社会に対して何ができるかということを期待していると考える。つまり、所属している会社の利益を出すために、何のスキルがあるかや、何を差し出すことができるかが求められるのではないか。また、同様に、意味の私有化も重要な現代のモラルエコロジーの一つである。ある問題、目的に対して、誰も、正解を教えてはくれない。それゆえ、自分で問題、目的に対して意味付けをしていかないといけないということだ。

 こういったモラルエコロジーが社会にあるということを講義を通して、自覚、認識した。今までを振り返ると、自分で作り上げた、納得できる意味付けによって、できるだけ自分の心がスッキリする選択を繰り返していた。また、本当に何か渇望できるようなものを”自分の外側”に求め、探していたように感じる。それには、社会からの評価だったり、社会的地位を気にしていた自分が絡んでいたように感じる。そこで、モラルエコロジーに左右されてる自分が露になった。そして、そんな自分を前に、一瞬不安が芽生えた。だが、それを受け入れて、社会と自己の関係の探求へのさらなる深みへ進んでいけそうだ。

 二つ目として、うちなる神と自我のない自信の解釈が講義を通して、モヤモヤを解いてくれる鍵になった。

 本講義より、うちなる神とは自分の内側をみる、本当の自分に耳を傾けることであると挙げられていた。また、内なる神はモラルエコロジーの一種であることに加えて、内なる自分に耳を傾けることは、社会構造の中でできることである。自分自身の経験から、内なる神というものは、旅をする中で探求を続けているものに近いような感じがした。

 一方で、本講義より、自我のない自信は、社会構造を離れた時に初めて生まれると述べられている。つまり、まず初めに精通している文明や社会構造をまず全て理解することが必要であり、その上で、自分が持つ社会の監獄の壁を破ることが自我のない自信が生まれることの前提条件であるようだ。

 このような点から、私は自我のない自信が生まれるには、社会構造を理解していくことと同時に内なる自分に耳を傾けるということが重要になってくるのではないかと考える。だが、社会構造を全て理解するのは非常に困難な道のりになると思う。だから、今まで自分が社会に対して違和感を感じていた点を調べてみることや、何気ないことに疑問を持つことから初めてみるのも一つの手かもしれない。

 また、自分の心に耳を傾けるという行為はどうしてもモラルエコロジーが入り込んでしまうように思える。常にさまざまな情報に浸っている現状、遮断するのは一般的な生活をしていると極めて難しいように感じられるからだ。また、講義の中でも提示されていたように、自分の心の中にも、地位や名誉など、社会でいう成功から出てくるような自我の自信などが日常生活を通して生じてくる。

 そのため、社会構造を理解することによって、社会の流れに飲み込まれている自分に気づくことができるということや、さらに社会構造を俯瞰的にみることもできるのではないか。そうすることによって、社会と自己を区別した違う視点を持つことができ、真に自分自身と向き合うということにより近づくことができるのではないか。また、それを続けていく中で、ある時、ふと気付かぬうちに慢心がなく汚れのない自信が生まれてくるのではないか。現時点ではこのように行き着いた。

 これらの気づきは自分自身の内的探求の一部にすぎない。だが、確実に自分自身の深みへ導く大きな一歩になったに違いない。社会構造の理解、あらゆる世界との出逢いなど、毎日が自分自身の探求である。これからどういうふうに生きていくのか自分でも予測できない。ただ、旅やkotowari fellowship を通して、何か本質的なものへ近づいているような感じがする。この予感と自分の直感を信じてこれからも歩みを進めていきたい。

ななみん

オーストラリアの大学で動物生態の勉強をしていたが退学し、まずは自分をもっと深めるため、日本にて様々な自分の好きを追求している。

高校を卒業してから、自分の人生をどう生きるかという大きな問いに迷い込み、たくさん本を読んだり、新しいことを試したりして、少しずつ、少しずつその問いについて紐解いていっているところ。このフェローシップに参加し、さらに自分の内側と向き合い、深めていくことを目標にしている。

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